地質案内


旭岳温泉までの道のりコース 

地形と地質


大雪山の紅葉は世界遺産だ
 秋の気配を感じるこのごろですが,大雪山(ヌタクカムウシュペ)がもっとも華やかな風景をみせてくれる季節でもあります.深緑と黄緑の山肌が,深紅,橙,赤,黄色と,様々な色に紅葉していて,ほんのりと峰にのった雪の白さがさらに美しさを倍加させています.山の空気のさわやかさも格別です.大雪山の紅葉は錦絵のようだとよく形容されますが,まさに「生の立体的な錦絵」の世界が小鳥たちのさえずりとともにひろがっているようです.私は,大雪山の紅葉が世界でももっとも美しい風景の一つであると秘かに思っています.

大雪山はどんな山なのか
 旭川の街とその背後につらなる大雪山.それは旭川を代表する最も象徴的な風景でしょう.動植物がすむ深い森があり,私たちがすむ街に水を供給してくれる,そんな豊かな自然をもつ大雪山は私たちの誇りです.大雪山の自然を今後も大切にしたいものです.そのためには,大雪山のことを私たちはもっとよく知る必要があります.大雪山はいったいどんな山なのか?大雪山はいつごろどのようにしてできたのか?大雪山はどんなものでできているのか?
 

活動期

 

年代

火山体

後カルデラ期

ステージ4

  0〜3万年前  旭岳・ミクラ沢溶岩・熊ヶ岳・後旭岳・小旭岳

カルデラ期

ステージ3

  3万年前

 お鉢平カルデラ

 

 

前カルデラ期

ステージ2

後期

 


前期

3万年前〜20万年前?


20万年前?〜50万年前?

 凌雲岳・白雲岳・黒岳・比布岳・北鎮岳・烏帽子岳・赤岳・

 桂月岳・東岳・緑岳・鋸岳

 

 安足間岳・永山岳・旧お鉢平溶岩・赤岳下部溶岩・上川岳

ステージ1

  50万年前?〜100万年前?

 高根ヶ原・緑岳下部溶岩・銀泉台溶岩・白水川溶岩・

 天幕山溶岩・愛山渓溶岩


 大雪山は火山です.およそ100万年前から最近(約600年前)まで,ときおりマグマが地表にでて,それが冷えて固まって岩石となる,そういう活動つまり噴火を何回もくり返し成長してきたものです.火山は静穏な時もあれば,ときに破壊的な活動にいたることもあります.層雲峡や天人峡にみられる垂直の岩壁は,大規模で爆発的な火砕流の噴火がおよそ3万年前におこってつくられたものです.その時は上川盆地へも泥流や土石流が流れてきたはずです.大雪山最高峰の旭岳はこの後にできた火山で,溶岩がたくさん流れました. 
噴火がおこるたびに大雪山の地表の景色は一変し,高山植物は壊滅したに違いありません.しかし大雪山の100万年の歴史の中でみると,噴火期間というのは非常に短く,噴火と噴火の間の休んでいる時間すなわち静穏期の方が圧倒的に長いのです.大雪山は将来も噴火する可能性が高いので,現在は静穏期にあるといえます.
 大雪山の生いたちは過去の噴出物にその記録が刻まれています.その記録を読みとるために,我々は野外調査を行います.露頭を観察することでイメージがふくらみ,アイデアも浮かぶことがあります.現場で物をみることが地質学の場合非常に重要です.今回は,大雪山・旭岳のふところまででかけ,大雪山の生いたちと岩石について簡単な説明をおこないます。大雪山の噴火の歴史に思いをはせて,現場でイメージをふくらませていただきたいと思います.

大雪山自然教育研究施設までの地質案内
1.東川をぬけて

 
大雪山だけではありません.旭川をふくめた上川盆地もすばらしい景色なのです.米どころ上川地方の田んぼの緑の美しさは,空からみると実感されるはずです.私は飛行機から上川盆地を見下ろして,はっと息をのんだことがあります.旭川の街と,整然と区画された水田の幾何学的模様,そして大雪山の山並みとの対比が,ことのほか美しい風景だったのです.東川町が「写真の町」を標榜するのもわかるような気がします.
 東川の街をぬけると,水田地帯の向こう側に,丘が続いているのが見えます.この丘は上が平らで台地状になっています.こういう台地は,上川盆地や富良野盆地の中でよく見られます.旭川市街にある近文や春光台・神楽岡・雨粉,また美瑛や富良野でも,きれいに耕された畑作地帯の丘が台地状になっています.実は,この台地をつくっているのは,マグマ噴火による堆積物で,大規模な火砕流噴出によるものなのです.百数十万年前から二百万年前ころの巨大噴火による産物です.人類が出現したころの遠い昔の出来事でした.噴出したところは径20km以上に達する大きなカルデラができました.しかし現在は,大雪山や十勝岳の新しい火山体に覆われてしまって,そのカルデラ地形は見られません.しかし,重力異常から推定される地下構造にはカルデラの存在がはっきりと認められます.

2.忠別ダム展望台からみる大雪山

 忠別川を横切る橋をわたると,志比内の村落です.りっぱな小学校の建物が目に入ります.街の両脇には,平坦な火砕流台地が長く続いています.車を進めていくと,進行方向の右側にだんだんと火砕流台地の斜面が近づいてきます.灰色の岩肌が一部顔をだしています.露頭です.材木を何本も立てて並べたような柱状節理が見られます.溶岩によく見られる冷却割れ目構造なのですが,火砕流堆積物でも,厚く堆積して温度が高いと,このように柱状節理が発達することがあるのです.ここに露出するのは百数十万年前に噴出した美瑛火砕流堆積物と呼ばれているものです.
旭岳火山から噴出した溶岩と旭岳(2290m)

 エオルシトンネルを抜けると,左側に駐車帯があるので,そこに車をとめましょう.ここから忠別川と現在工事中の忠別ダムを眼下に見ることができます.そして忠別川のはるか上流側には大雪山がはっきりとその姿をあらわします.手前に開いた旭岳地獄谷火口の基部から噴煙が幾筋もあがっているのが見られます.旭岳の左手には,安足間岳や愛別岳の主峰がそびえています.それら火山体の山腹から,でこぼこはあるものの緩やかな斜面が山麓に広がっています.これらは多数の溶岩と御鉢平カルデラ(旭岳の北東方3km)から3万年前に噴出した火砕流堆積物からなっています.

3.旭岳から噴出した溶岩の最先端を見る
 
道路を少しくだると,左手には幅の広い開けた谷地形がくっきりと見えてきます.そこには,かつてその谷を流れ下ってきた旭岳から噴出した安山岩溶岩が分布しています.ノカナン溶岩と呼称します.安山岩溶岩は温度が1000度にも達する高温の溶融体(液体)です.火口から噴出した溶岩は粘性の低い溶岩なら,水のように低いところを流れていきます.この場合,ノカナン溶岩は流走距離がおよそ15kmに及びます.空中写真でみると,まるでミミズが這ったあとのように,狭い谷を流れてきた様子がはっきりと認められます.ここでは,ちょうど溶岩の先端部すなわち末端崖が見えています.このように溶岩の表面地形が新鮮なまま残されているのはおそらく1万年よりも若い溶岩である可能性が大きいと思われます.

ノカナン溶岩の先端部

 この溶岩の先端部付近のもともとの地形をつくっていた地質は中新世から鮮新世の時代(数百万年前)の火山岩と堆積岩です.これらが基盤をなしています.
 溶岩末端崖の手前に,ちょうど一段低くなったテーブル状の平坦な台地が見られます.これは,一足お先に(といっても約2万年も早いのですが)この谷を流れてきた御鉢平カルデラ起源の火砕流堆積物です.また,忠別川をはさんで南には,御鉢平カルデラから流出し天人峡を通って忠別川沿いに流れてきた火砕流があり,道路沿いに露出しています.そこは大岩と呼ばれています.これらの火砕流は,層雲峡や天人峡でみられる柱状節理が発達した火砕流と同じものです.
 再度,忠別川をわたって,基盤の地層からなる斜面を上がっていきます.左手を振り返ると,シャープな平坦面をもった大岩の大露頭が垣間みられます.そして急カーブを曲がってから左側が溶岩,右側の急斜面が基盤の地層になります.旭岳温泉に至る道路が溶岩と基盤との境界部を通っていることになります.

4.ガマ岩は溶岩堤防の一部
 
カムイワッカシンプイ(神の水の泉),水無の沼をすぎて,さらに上っていくと通称「ガマ岩」に至ります.左側に駐車帯があります.この3mほどの急斜面の上には大きさが約5x7mの溶岩ブロックがでんとのっており,ガマ岩と名付けられています.この溶岩ブロックは全体に緻密ですが,ガサガサで発泡質な溶岩表面部分が付着しています.
 さて,このガマ岩があるところはちょうどノカナン溶岩の溶岩堤防にあたる場所になっています.溶岩堤防は,溶岩の表面地形の一つで,河川の自然堤防と同様に溶岩の両側端が小高く盛り上がってそれが細長く続いているものです.溶岩が斜面を流れるときに作られることが多く,溶岩が流動しているとき,溶岩の側端は摩擦抵抗が大きくマグマが冷却しやすいため破砕片や溶岩ブロックが多数生じます.溶岩の内部や中央部分は,摩擦も小さくマグマの流動が大きいため,冷えずに斜面を流れ下ってしまうので,あとには溶岩の下底部と上表面部分だけが残って窪んだ地形になります.
 ガマ岩はそうした溶岩堤防をつくる溶岩ブロックが残ったものでしょう.溶岩の流動で細かな破砕片が取り除かれ,溶岩ブロックが押し上げられてそこに位置した可能性があります.

5.駒止の滝は3万年前の火砕流だった
 
旭岳温泉(旧勇駒別温泉)の入り口に駒止の滝駐車場があります.ここは旭岳の雄姿がはっきりと目の前に見られる場所です.ここから遠望すると,天人ヶ原の厚い溶岩の上にはロープウエー天人ヶ原駅が見えます.さらにその上段に旭平溶岩がのっているのがわかります.
お鉢平火砕流の噴出と堆積(約3万年前)

 駐車場の右手は勇駒別川になっています.駐車場からちょっと下ると見晴らし台があります.ここから駒止の滝を見ることができます.滝は3段の階段状になっていて落差は20mほどです.この滝はお鉢平火砕流堆積物でできています.
 見晴らし台の真下にもお鉢平火砕流堆積物の露頭があって,全体に灰色をした火山灰からなります.その堆積物には軽石・スコリアが含まれています.駒止の滝駐車場の標高レベルがお鉢平火砕流堆積物の上面になっているのです.
 旭岳温泉の周辺で小高い地形になっているのは約1万年前よりも新しい旭岳の溶岩です.これらの溶岩はお鉢平火砕流堆積物の堆積面の上を覆っています.
 またロープウエー旭岳温泉駅周辺から勇駒別川沿いには土石流堆積物が分布しています.角が丸くなった多数の岩塊が含まれています.水蒸気爆発に誘因されて大小の溶岩ブロックが山麓にまで流れ込んできたものと思われます.

6.勇駒別川に原始生命の息吹を見る
 
鉄とマンガンは人間の生活に欠かせないものです。これらの鉱物資源は、地球の歴史のはるか昔、海底でできた巨大な鉄・マンガン鉱床から由来しています。その生成にはどうやらバクテリアが大きな役割を果たしているらしいのです。太古の海に初めてシアノバクテリアが酸素を放出してから、海に溶けていた鉄やマンガンはその酸素と結合し酸化鉄や酸化マンガンとして沈殿したことが知られています。そしてその結合には微生物のマンガン酸化細菌が深く関係していることが、道東のオンネトー湯の滝で見いだされています(三田,1995)。この酸化細菌は温泉水の中で生息しているのです。温泉水のような酸性の水の中では二酸化マンガンは沈殿できませんが、これが,細菌の働きによってマンガンの酸化沈殿が行われるのです。鉱物をつくりだす太古の微生物の営みが温泉水の中で脈々と受け継がれているのです。
 実は同じ現象が旭岳温泉でも見られるのです(三浦裕行さん(北大)のホームページhttp://cosmos.sci.hokudai.ac.jp/4th/hiro/w_yuko.html)。勇駒別川に沿って温泉の湧き出しが何カ所かあって、そこでは黒色の泥状のマンガン酸化物が沈殿しています。